かんそうぶん

作品感想・音楽・ただのつぶやき/過去の感想はnoteに書いていたものを移動したものです

テイルズオブベルセリア、ゼスティリアをクリアしての感想とか考察とか

テイルズオブゼスティリアもついにクリアしました~!といってもサブイベントかなり逃して最短でクリアな感じなので、サブイベントはこれからちまちまと行っていきます、楽しみ♪(ベルセリアも一度クリアしてからサブイベントやってたな…)

両方クリアして思ったことなどつらつらと。超個人的な感想でしかないです。あとめちゃめちゃ長いです。こんなに長くなると思わなかった…。もちろんがっつりネタバレしてますのでそれでもオッケーだよという方はどうぞ!

 

ベルセリアの土地がゼスティリアで出てきたときの感動のすごさ

ゲームの販売はゼスティリア→ベルセリアだけど、ゲーム内での時系列はベルセリア→ゼスティリアだし私がクリアしたのもその順番。なので、ゼスティリアやってる最中にベルセリアで行ったことのある土地が名前は違えど出てきたときの感動ったら…!出てくるたびに懐かしい…を連呼してたのだけど、二週目のためにベルセリアで素材集めやら武器の強化などしてる夫さんにしてみたら全然懐かしくないそうです(いつの間にかレベルは全員カンストしました、二週目楽しみすぎる)。

 

スレイとロゼの性格について

スレイ、戦闘中に味方の活躍を「かっけ~!」って言ってみたり、戦闘後「すごいよな~ミクリオは~!」って暢気に言ってみたり(言い方聞けばわかると思うんだけど)お前はどこまで純粋天然ぽやぽやなの?バカなの?って感じてしまう(笑)前にも書いたんだけど、産まれてまもない頃から天族に育てられてめちゃめちゃ平和で美しい場所で生きてきたんだからそりゃ純粋ピュアピュアりんなんだよなぁ。

だからこその導師たる所以なのだろうし、恐らく先代ミケルやベルセリア時代のアルトリウスみたいな純粋だけど真面目で真面目すぎるがゆえに理想と現実のギャップに悩んだり自分を圧し殺して理想のために生きてきたがゆえにそれがメーター振りきっちゃうと反対側にバーンてなっちゃう人達と決定的に違うんだろな、みたいな気持ちではあった。スレイは自分があるけど自分がない(表現がとても難しいのだけど)タイプなのだと思う。メーターが振り切ることがない。だから穢れないんだろうな。あと仲間にもめちゃめちゃ恵まれてるし。

ロゼもネジブッ飛んでるタイプなんだけど、だからこそスレイと従士契約してもスレイに負担がかからないんじゃないかな。アリーシャはどっちかといえば恐らくミケルやアルトリウスタイプだと思うの。むしろ導師の技量を持ってなくてよかったよね、あの子には普通に幸せになってほしい…。ロゼがブッ飛んでるのは生まれもった素質なのか生い立ちによるものなのかはわかんないけど、基本的に世界の存続を担うのって価値観とかとてつもなくブッ飛んでないと果たせないと思う。ブッ飛んでないとそれこそミケルやアルトリウスみたいにキャパオーバーしちゃうんじゃないかな。

ただ、アニメの方がスレイもロゼも人間味もあって私は好きだった。スレイは浄化するかわりに穢れを受け取らなきゃならないし、ロゼは暗殺者としての意義について葛藤する。二人ともそれを乗り越えての話だったので人間としての部分と導師・従士としての部分のバランスがとても良かったなと思う。

 

業を背負う天族(聖隷)について

サイモンもデゼルも加護が反転して不幸を招いてしまう性質、業を背負う天族=疫病神ってことらしく、そのせいでサイモンはヘル野郎の望む世界を切望したしデゼルは復讐にのめり込んでしまったわけだけど。ちょっと待ってほしい。ベルセリアのアイゼンなんて死神ですよ。死神の呪いのせいで自分を含め身近な人達に不幸がバンバン降り注いでしまうのに、それでも「自分の舵は自分でとる」を体現しながら生ききったわけですよ。そしてその死神の呪いですらも乗り越えていく加護となっている。もしもサイモンやデゼルが、ドラゴンになる前のアイゼンと出会えていたのなら二人ももちょっと違っていたのでは…などと考えてしまう。アイゼンの生き様見てほしかった~。アイゼンは出会いにも恵まれていたよね。アイフリードに「呪いも含めて自分だ」と言ってもらえたこと、海賊船の皆にも受け入れてもらえたこと、ベルベットたちと出会ったこと。でもきっとそれもアイゼンが「自分の舵は自分でとる」という生き様を歩んできたからこそなのかもしれない。

立場も状況も違うけど、アイゼンにとってのアイフリードがサイモンにとってのヘル野郎でデゼルにとってのロゼなのかも。そう考えたらきっとサイモンもデゼルも不幸だったわけではないのでしょう。なかなか複雑で感慨深い。

 

アイゼンを倒すということ

ドラゴン化したら殺してほしいとザビーダに託していたアイゼン。ドラゴンになっても生きていたら妹のエドナはずっと進むこともできず縛られてしまう、その呪縛から解放したいという思い。そして縛られ続けてしまう苦しみを、過去(ベルセリア)にドラゴン化してしまった恋人をずっとずっと手放せずにいたザビーダが一番よく知ってるし、それを解放してくれたのは殺すことで救うというもう一つの道を示したアイゼン。そんなアイゼンとザビーダだからこそなんだよなぁ。

ちなみに公式設定資料集にて明確にされてるらしいのだけど、アイゼンがドラゴン化した決定的な理由が「ベルセリアから800年後のデス・エイジに出現した新たな災禍の顕主と戦い強力な穢れを受けたため。 この時にドラゴン化しながらも災禍の顕主を喰い殺し、穢れの脅威から世界を救った。」なんだそう。アイゼンまた世界救ってたのか。めちゃめちゃかっこいいな!!!ベルセリアですごく好きだったけどさらに惚れたよ!!!

 

ベルセリアでは硬派ないい奴だったのに、ゼスティリアではなんであんなにチャラいのザビーダ

ベルセリアでは結構硬派だし一本筋通ってます!みたいなキャラだったから結構好きだったのに、ゼスティリアではチャラい。すごいチャラいの。なんで?!あんなに硬派だったじゃん!?歳取ったからなの???テオドラから解放されたからなの???もしもそうだとしても、あのチャラさが自分の弱さを隠すためだったとしたならまぁ許せるかな。

テオドラを本当の意味で失ったから自由に振る舞ってるように見えるけど、本当はいつまでもテオドラのこと思っててそれを自分自身に対しても隠すためだったとしたら…って思いたい。勝手にそう思っておこう。ゲーム自体はゼスティリアの方が先に出てるから、あのチャラいザビーダから逆算してベルセリアの硬派ザビーダを捻出したならすごい。

 

真面目で純粋、不器用だからこそ生きづらいアリーシャとセルゲイ

この二人は生真面目、純粋、不器用。そんな人達って現実の世界でもめちゃめちゃ生きづらいんだよなぁってしみじみ思ってしまった。だからこそ二人にはちゃんと望む未来を造りあげてってほしいな。アリーシャはもうちょっと柔軟な発想持てるようになってほしい。

サブイベントかな?なんかで 今後自分は国や民のために汚れていくことも必要 みたいなこと言ってたけど、違う違うそうじゃそうじゃな~い♪って歌いそうになった。違うのよ。汚れることが必要なわけではない。アリーシャみたいな子は汚れることも必要って思ったらどこまでも汚れていってしまうような極端な子だと思うの、だって不器用なんだもん。汚れるんじゃなくてもっと柔軟になってほしい。柔軟さを持ちあわせながら純粋なまま全うすることをまず試してほしい。汚れるのはそれがどうしてもできなくなってからで良いじゃん。ってアリーシャに対しては思ってしまった。

 

ゼスティリアではマオテラスしゃべんないの悲しい

我らがマオ坊(フィー)、ゼスティリアの最後の最後で出てきたけど一言もしゃべらず。アニメだとスレイたちに力貸して共に戦ってたよね?アニメの方が終わり方よかったな…。だってフィー大好きなんだもん。ベルセリアやった人ならわかると思うけど、

「僕は、この世界にもたらしたい!心を溢れさせてしまった人が、やり直せる明日を!どこまでも飛ぼうとする人たちが、翼を休められる時を!強くて弱い人間が……!怖くて優しい人間たちが……!いつか空の彼方に辿り着けるように!!」

ってマオテラスになった時に言ってるんですよ。あんな可愛い男の子だったのに穢れ無き状態でドラゴンの姿になったのは戻ることができない、戻らないという覚悟らしいんですよ。それ知っちゃったらもう、ゼスティリアで穢れてしまったとかやめてよ!悲しくなっちゃうから!!誰よマオ坊をこんな目に合わせたのは!!ってなってしまう。

色々調べたらパーフェクトガイドによるとライラがミケルにマオテラス移動してこの場所(のちのカムラン)にすれば良いじゃんって促したらしく、ライラが諸悪の権化なのでは?みたいなのも色んな書き込みでチラチラ見かけて ライラてめぇ!って一瞬なったけど。いや待てよ、言われたままに場所移したミケルもどうかと思うよ?ここに移動したらどうなるかとか世の中の動きちゃんと見て考えないとダメじゃん??しかもヘル野郎に死ぬことができない苦しみの呪いかけちゃったからヘル野郎ずっと生きてどんどん悪いことしてマオテラスとも繋がっちゃったんじゃん?生かさない方がよっぽど世の中のためになったのに…。ベルセリアでも思ったけど、導師の方がメーター振りきっちゃうとめちゃめちゃ人間らしい感情のままの行動をとって世界だめにしちゃうのね。ゼスティリアでライラも後悔してたけど、誰もその心の真ん中に触れて寄り添ってあげることはできなかったんだろうか。

ヘル野郎の最期に関してはゲームので良いと思う。アニメは優しい世界すぎた(優しい世界大好きですけども)。でも全体的な流れと最終に関してはやっぱりアニメの方が好き。スレイの「人は穢れを抱え、日々戒め、それと向かい合う。だから人は強くなれるし、その弱さを認めることができる」の言葉は、マオ坊の思いと通ずるものがあってとても好き。でもアニメだとイズチ組の出生秘話に触れなかったからゲームで補完できてよかった。

 

総合感想:ベルセリア最高だった!

ゼスティリアもやってみて思ったけど、ベルセリアはシステム的にもストーリー的にもキャラ的にも最高だと思います。ゼスティリア出た頃にはベルセリアは造りはじめていたのだろうか?だとしたらすごい頑張ったなと思うし、逆になんでゼスティリアあんなにシステム(特に戦闘画面ひどい)よろしくなかったのかな~って思ってしまう。ストーリーも私はアニメを先に見てたからなんとなくわかる部分があったけど、アニメ見てなくてゲームだけだとなんだろこれ?みたいな気持ちになったかもしれない。アニメ見てベルセリアをクリアしてからのゼスティリアだったからゼスティリアもじゅうぶん楽しめました!

ベルセリア二週目もゼスティリアのサブイベントからの二週目も楽しみ~♪